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最高裁判所大法廷 昭和23年(つ)2号 決定 1948年7月29日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

憲法は、何人も裁判所において裁判を受ける權利を奪われないこと、すべて刑事事件においては被告人は公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける權利を有すること並びに裁判の對審及び判決は公開法廷で行われることを規定している。されば、被告人は公開した公判廷で正常の公判手續によって裁判される權利を憲法上保障されていることは言うまでもない。從って、かゝる公判手續による裁判を阻止して被告人から右のような憲法上の保障を奪う手續乃至規定があるとすれば、それは、すべて憲法に違反するものとして無効であると云はなければならぬ。略式命令による處罰が憲法に違反するかしないかは議論の存する問題である。しかしながら、略式命令の請求は、區裁判所(簡易裁判所)の管轄に屬する事件について公判前略式命令をもって罰金又は科料を科することを裁判所に求める公訴の提起に附帶する請求である。かかる請求があった場合において裁判所がその事件につき略式命令をなすことを得ず、又はこれをなすことを相當でないと思料するときは通常の規定に從い審判すべきものであり、その然らざるときに限り公判を開くことなく略式命令をなしその裁判書の謄本を送達するのであって、裁判所書記が本人に謄本を交付したときは、その送達のあったものと看做されるものである。そして被告人が略式命令を受けたときは謄本の送達があった日から七日内に正式裁判の請求をして通常の規定に從い審判を求めることができ、この場合においては裁判所は略式命令に拘束されるものではなく、又正式裁判の請求により判決をしたときは略式命令はその効力を失うものである。それ故略式命令手續は罰金又は科料のごとき財産刑に限りこれを科する公判前の簡易訴訟手續であって、生命又は自由に對する刑罰を科する場合の手續ではない。そして、通常の手續における罰金以下の刑に該る事件については被告人は特に裁判所の出頭命令がない限り自ら公判に出頭することを要するものではないから、右のごとき財産刑を科する公判前の手續についても被告人をして公判に出頭する労力、費用を省き且つ世間に對する被告人のおもわくをも考慮して特別手續を定めても、通常の公判手續に比し訴訟法上必ずしも被告人の利益を害する不當のものと云うことはできない。しかのみならず略式命令の請求は前述のごとく裁判所を拘束するものではなく、又その命令は被告人の迅速な公開裁判を求める權利を何等阻止するものでもないから、毫も憲法に違反するものではない。たゞ略式命令に對して正式裁判を請求するかしないかは、被告人の自由な意思決定によらなければならないのであるから、それを阻止するような手續乃至規定を設けることは憲法に違反するものであること前述したとおりである。本件において抗告人は檢察官によるいはゆる待命付略式命令の請求及び裁判所書記による謄本の交付が憲法に違反することを主張している。記録を調べて見ると、本件略式命令請求の書面に「待命」と記入されていることは明らかであるが、それが何を意味するかは記録上明確ではない。その意味するところが抗告人所論のような經路をたどった略式命令の請求であるとすれば、勾留された被告人の釋放手續に穏當を缺く取扱があることを免れないが、これがために檢察官からの本件略式命令の請求が憲法に違反するものと云うことはできない。又、裁判所書記による略式命令の謄本の交付が所論のような状況の下にされたとしても、書類の送達はその占有を移す事実行爲にすぎず、被告人はその謄本を直接受領したことを寸毫も爭はないから、その受領の日から七日の期間内に自由意思によって正式裁判を請求するかしないかを決定する余裕があるのである。それ故前記謄本の交付による略式命令の送達は憲法に違反するところはない。されば、抗告人の本件抗告はその理由がないので主文のとおり決定する。

この決定は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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